OMM JAPAN 2018 準備編
2014年の第一回目からストレートの最長クラスで4連覇しており、次は区切りの5連覇いうのが大きな目標になった。
過去の実績をざっとふりかえると、、
2014年 初日は2秒差。2日目は積極的なルート選択で大差で優勝
2015年 2日間とも大差で圧勝
2016年 市岡さん直前に胃腸炎。それでも完勝。
2017年 調子は問題なかったものの、初日は2位。2日目になんとか逆転。
昨年の辛勝から、今年はこのまま同じようにやっていたら伸び盛りのチームには敵わないと感じていた。
チーム分析すると、ロードの走力はほぼ同じだが、不整地や地図読みは大きな差があり、底上げが必要な部分と感じたので、まずはOMOエリートに出場をお願いした。(これはマラソンの調整のため欠場)
次に、走力を確認しあう機会を設けたほうがよいだろうと、5月の朝霧12時間ロゲイニングにお誘いした。しかし8時間経過したところで市岡さんに膝の故障が発生し、敗戦(2位)だった。
これは我々のチームではロゲイニングやOMMを通じて10数戦目で初めて、私自身としても男子チーム戦では2010年代で初めての敗戦という、まさかな結果だった。
直後にOMMのエントリー開始だったが、今一度コミットが必要と感じ、勝つことが互いの目標ということを再確認しエントリーすることを決めた。
市岡さんの膝の故障は幸い重症ではなく、夏はそれぞれ幕営装備を背負ってアルプス縦走を行なった。
夏を経て、再び確認の機会ということで9月上旬に朝霧マウンテンOに出場。優勝はできたが、市岡さんは夏に痛めた足を悪化させてしまう。足底筋膜炎の診断。
その後、市岡さんは上州武尊は完走されたものの(さすがだなと、大丈夫なの?と両方思った)、10月半ばが過ぎて状況を聞くと、痛みが消えず毎日治療していること、トレーニングもゼロとのこと。
念頭にあった不整地の底上げどころではないし、正直、欠場したほうがいいのではないかとか、いろいろ考えた。しかしながら、治療を成果か1週前に急激に痛みが薄れてきたと聞き、ならば今の状況でベストを尽くそうと私も心に決めた。
現状のチームの力を分析すると、最良で考えても、
それぞれの巡行速度... 柳100/市(ロード110/不整地130/平均120)
共通装備を自分が持つことで... 105/115
さらに押したり、牽引することで... 110
上位が予想されるのは宮西/半沢、片山/千保、飴本/山本あたりだろう。巡航ではアドバンテージはない。高難易度が予想されるなかで最小限のミスで抑え、足が持ってくれれば、勝つチャンスはあるかもしれない...とにかくそう考えることにした。
前日はゲン担ぎに駒ケ根でソースカツ丼を食べて会場入りする
左2つはマッパチーム、右は我々。自分は昨年に比べ寝袋をナンガ UDDBAG180DXからイスカ Air130Xに変更とベースレイヤーを薄くした。合わせて200ℊ軽量化。テント、クッカー(合わせて1.3kgほど)は私が持ち、それぞれ水、食料込みで5kg、3.5kgほどになった。また、牽引用に紐を作成した(重量は25g増加になる)。
宿ではマッパチームとの作戦会議を行った。事前にも地図範囲やコースの想定を実施していたが、公開された地図は東西はほぼ想定通りだったが、やや北側が広かった。ちなみに事前に範囲を考える上では標高550mや発電所の地図記号がヒントになった。コースは高原道路を挟んで2日間で範囲が変わると予想した。キャンプ地、スタート、フィニッシュの流れなどは完全に予想通りだった。
(つづく)
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