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2012年10月27日 (土)

挑戦!大倉‐橋本コース

秋~冬の丹沢の雰囲気が好きでちょくちょく訪れていて、このシーズンの1回目。コースはまだロングをやるには体調に不安があるので、塔ノ岳さんが良く走っておられる大倉-橋本駅コースにチャレンジすることにした。正直ロードは苦手だが、このコースならトレイルは25kmで、ロードは疲れてもバスにも乗れる。6時間を目安にしてあまり調子悪いようならバス、行ければタイムを短縮していこうと考えた。電車での山は久しぶりで、着替えも必要だがコンパクトにするよう心掛け、いつもと大差ないボリュームで済んだ。

大倉ビジターセンター(8:14)
塔ノ岳 1:13:20
丹沢山 1:35:55
蛭ヶ岳 2:09:48-2:11:18
姫次 2:38:22
焼山 3:03:37
焼山登山口バス停 3:29:10-3:33:00
三ヶ木 4:06:59
橋本駅 5:07:16(13:21)

渋沢ではちょうどバスが来ていたので乗る。超満員だった。大倉で準備を整え8:14出発。すぐ先でO川さんに会い、今ホットなUTMFのことなどちょっと話す。最初はやはり呼吸が苦しいが、急登になっても脚に乳酸が溜まらないので、脚はリフレッシュしているようだ。混雑しているのでペースを調節しながら73分で塔ノ岳。タイムトライアル+5分だから悪くない。残念ながらガスの中で寒いので休まず進む。時々咳込んでしまうが、脚が楽でペースがいいのは感じ取れる。蛭ヶ岳から先はタイムを意識しつつ、地蔵平から姫次までは幻想的な紅葉の中を駆け抜ける。3時間半でロードに出れば残り18kmキロ5分で5時間ジャストで、それは可能かと思われたが甘かった。ロードはキロ5分をちょっとオーバーするペースが精いっぱいで本当に長く感じられた。

比較してみるとロードの区間は塔ノ岳さんに全く及ばず、今日実際走ってみてその強さに感服した。ロードはなんとなく行けそうでは通用せず、練習の賜物だということを痛感した。逆に言えば、まだまだやれば伸ばせるところがあるということが今日の発見だった。下山後ロードが走れるようになると、コースのバリエーションもぐっと増やせる。次チャレンジする時は気持よく橋本駅まで走って、4時間台を目指したい。今日は今日でよく頑張った。

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2012年10月18日 (木)

北八ヶ岳 in Autumn

西へ向かう途中の散策

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麦草峠

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雨池1

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雨池2

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雨池3

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秋のトレイル

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苔と唐松の森

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双子池1

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双子池2

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双子池3

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北横岳から蓼科と槍・穂高

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南八ヶ岳と南アルプス

Pa136346

坪庭と奥秩父

Pa136351

ススキとカラマツ

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2012年10月17日 (水)

西へドライブ

先週末は世界選手権の報告会と中日東海大会に参加するため、久々に愛知までのひとりドライブとなった。天気も良く紅葉が楽しめそうなルートということで、以下のような名のある峠を越えていくルートを選んだ。

正丸峠(トンネル)-志賀坂峠(トンネル)-ぶどう峠-麦草峠-杖突峠-中沢峠-分杭峠-地蔵峠-新野峠

Pa136304 ぶどう峠にて

・走行距離は386km(最短ルート新東名?なら350km程度)
・うち150kmぐらいはセンターラインのない道で、茅野から設楽まで200km弱の間はコンビニが一軒もなかった
・信号がほとんどないし、交通量も少ない。しかしいくつかハードな峠越えがあり、一長一短。また愛知県に入ってからのルートチョイスが難しい

長らく愛知-埼玉は往復しているけど、こんなルートは初めて。しかしこのルートはほとんどが歴史ある街道でもある。1日20km歩いても20日かかるところ、車だったら9時間半だ。もちろん新東名を使えば5時間で着いてしまうだろうけど、たまには4-5時間余計にかけて行ってもいいだろう。

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峠コレクション(あのレースで通過する峠も...)

峠越えで標高があがると植生が変わり木々は色づいていて、里に降りてくるとススキの穂が風にゆれてキラキラと輝いている。日本の秋はいいなあ。

Pa136354

大鹿村付近の風景

ひたすら続くアップダウンとカーブに文句も言わず走り、風邪っぴきだった私を愛知まで運んでくれたもうすぐ3回目の車検のマイカーに感謝したい。しかし同乗者にはしんどいだろうから、こういうのは一人じゃないと出来ないな...

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2012年10月16日 (火)

ロゲイニングのご案内

この秋も各地でロゲイニングの大会が開催されます。私の所属するTEAM阿闍梨が関わるイベントをご案内したいと思います。

11月25日 朝霧ロゲイニング

毎年この時期に恒例で、本格的なナビゲーションスキルが要求される(全域ではないですが)ロゲイニング大会です。私は別の場所でのオリエンテーリング大会に参加するため、今年は不参加ですがコースディレクターを小泉君が担当し、前日の読図講習を田島さんが担当します。

12月8日 OSJ鎌倉ロゲイニング

早いもので丸3年、10回目の開催となります。私が担当します。読図講習付き部門とロゲイニング部門があり、競技時間は4~5時間程度で検討中です。師走の鎌倉は私も初めてなので楽しみです。あじゃりのメンバーも今回は出走予定なのでルート検討をじっくりできればと考えています。

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2012年10月15日 (月)

南八ヶ岳 4 pieces

Sdim0196s

阿弥陀から権現

Sdim0198

横岳から赤岳鉱泉

Sdim0199

赤岳・中岳・阿弥陀

Sdim0200

硫黄岳

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2012年10月10日 (水)

ハセツネを終えて

今年のハセツネも終了した。タイムは8:54:55で、ここ2年間10分ずつタイムを落とすという結果になった。

直前の調子は昨年よりずっと良かった。だがいざスタートしてみると今熊山の登りがいまいちで、入山峠先ぐらいで既に脚に疲労感を感じる。だましだまし集団をひっぱる形になるが市道分岐のタイムはそれほど悪くなく、第一関門も2:38で昨年よりやはりいいタイムだから不調というわけでもなかったはず。けどそれでは自己記録出ないので浅間峠から笛吹峠までは果敢に飛ばす。この区間2時間半を切るペースを意識したが結局上げきらず、CP1-2は2:37で計5:15(昨年-3分ベスト+5分)の微妙な位置で月夜見CPに到着する。やや疲れはあったもののそれは例年並みで鞘口峠からはマルちゃんと並走して落ち着いたペースができつつあったので、まだ8時間半の可能性はあると思って素早く補給を行った。

給水は小さいボトルにポカリで、ハイドレーションはポカリ・水1:1のはずだったが、「ハイドレーションは水で良かったですよね」「いえ、ポカリと半々で」「じゃあ水入れちゃったので少しポカリ足しますね」と、食べ物の入れ替えに夢中で上の空の会話のうちになってしまった。そうしているうちにマルちゃんが出発したので追いかける。苦戦する年もある滑る下り坂も足取りはスムーズで、登りで追いつけるだろうと思っていた。しかし、例年の巻き道でない尾根の直登が堪える。ハイドレーションを飲むと「なんじゃこりゃうっすい!」と感じて力が入らない。1:6ぐらいだろうか。そして前方の明りはどんどん遠ざかり、逆に後方の明りが近づいてくる。御前山までそれを5回ほど繰り返す。ここで「自己記録を目指すという取組み」は終了だった。

それでもゴールは目指さなくてはいけない。御前山まで52分、大ダワまでも30分を超えた。10年前の自分のペースみたいで、こんな時に過去の大会を振り返らなくてもいいだろうと思った。計算すると9時間以内もあやしいし大ダワで腰をおろそうと思ったが、なんとなくスルーする。すると、何がきっかけか不意に身体に力が戻ってきた。大ダワからは1分後に声援が聞こえる。そして振り返るとぼんやりと明りが。よしじゃああの明りから逃げ切ってやろうじゃないか。

ここからはほぼここ数年のレースペースに戻り、後方の明りからも逃げ切り順位を半分ぐらい戻してゴールした。長尾平-日の出山間は16分半でおそらく過去最速。金比羅尾根は太腿の打撲もあり、思ったほどタイムが伸びなかったが、苦しさがなく走れていた。だからこれがレースじゃなく順位の変動もなく区間タイムも不明だったらトータルでは気持ちよく走れたというトレイルランだったかもしれない。

CP2以降のペースダウンはコーラから水に切り替えたのが原因か。推測だが、[コーラ補給⇒瞬間的に血糖値が上がる⇒身体はそれを下げようとする⇒水に切換え⇒下げようとしていたので一時的に低血糖状態に⇒動けない⇒身体が血糖値を上げようと切り替わる⇒動くけるようになる]というような体調の変化だった気がする。これは例年通りポカリにすべきだった。またコーラについても頼りすぎるのは良くないかも。貧血傾向なのも影響したいたかもしれない。

それはそうとやはりCP2までは少なくともベストタイムで通過したかった。一番感じるのは登坂力の低下。疲労の蓄積等もあるかもしれないが、日々の練習でも平坦なスピードに対して登りのタイムが出せていなかった。

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2012年10月 4日 (木)

HASETSUNE20thを前に

冊子を見て懐かしいなと思いつつ、自分史も振り返りながらあれこれと。

近年はハセツネ、以前は山耐と呼ばれていたこのレースに初めて参加したのは2001年の第9回大会だった。その翌年の第10回大会、11位で初めて自分の名前が出てくる。ちなみに唯一のチーム優勝もこの時経験している。

ここにその時のレポートが残っていた。レポートを見ると12位と書いてあるけど、さてどちらが正しかったか。今となってはこの2002年は「故障したレース」という印象ばかり残っているが、読み返してみると、レースの経過は中盤過ぎまでは当時としては理想の展開で走れていたようだった。また「このザックは走るのには向いていない」とケチをつけたザックがどんなのだったのか、今となっては全く覚えていない。腰ポケットが欲しいとか書いているから、そういうものが出回り始めたけど、まだ一般的でなかったのだろう。冊子のその頃の写真を見ても、そういう違いがよく感じられる。タイム関していえば壁だと思ったラインは自身でも大幅に打ち破っているし、もはや70kmのレースはミドルディスタンスであり、エンデュランス適性云々もUTMBとかUTMFとかTJARとかの長さで問われる時代になっている。

それにしても時が経つのは早い。初挑戦が27歳の時で、この年は28歳だった。ちょうどオリエンテーリングのナショナルチームの入ったのもこの頃だった。ただし自身の力不足と選手層の厚さで、その時代に世界選手権の代表入りすることはできなかった。2004年から5年間ナショナルチームを離れたのち、再び復帰して初代表になったのは2010年で、ハセツネのベストタイム・順位もこの年に記録している。競技者としてのモチベーションを保てたのは、一年に1回、このレースによるところも大きい。そうこうしているうちにいろいろな目標を叶えてきたものだなと思う。

第20回大会の今年は38歳。同い年の現役スポーツ選手も減りつつある。自分もオリエンテーリングで世界に挑むのは今年で一区切りと決めている。ハセツネでもあとどれぐらい記録を伸ばせるかわからない。今後の方向性をはっきり決めているわけでもなく、このレースが導いてくれるわけでもないと思うが、山と、山を走ることは、今までもこれからも大好きで、やめることはきっとないだろう。

今までもその時の全力で挑んできた。今年もとにかく今の全力を出し切りたい。そういう舞台があることを感謝しつつ、20回目の記念大会を楽しみたいと思う。

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写真は記事と直接関係ないけど、今年印象に残った日没の風景。日曜日はどうだろうか。

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