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2012年10月 4日 (木)

HASETSUNE20thを前に

冊子を見て懐かしいなと思いつつ、自分史も振り返りながらあれこれと。

近年はハセツネ、以前は山耐と呼ばれていたこのレースに初めて参加したのは2001年の第9回大会だった。その翌年の第10回大会、11位で初めて自分の名前が出てくる。ちなみに唯一のチーム優勝もこの時経験している。

ここにその時のレポートが残っていた。レポートを見ると12位と書いてあるけど、さてどちらが正しかったか。今となってはこの2002年は「故障したレース」という印象ばかり残っているが、読み返してみると、レースの経過は中盤過ぎまでは当時としては理想の展開で走れていたようだった。また「このザックは走るのには向いていない」とケチをつけたザックがどんなのだったのか、今となっては全く覚えていない。腰ポケットが欲しいとか書いているから、そういうものが出回り始めたけど、まだ一般的でなかったのだろう。冊子のその頃の写真を見ても、そういう違いがよく感じられる。タイム関していえば壁だと思ったラインは自身でも大幅に打ち破っているし、もはや70kmのレースはミドルディスタンスであり、エンデュランス適性云々もUTMBとかUTMFとかTJARとかの長さで問われる時代になっている。

それにしても時が経つのは早い。初挑戦が27歳の時で、この年は28歳だった。ちょうどオリエンテーリングのナショナルチームの入ったのもこの頃だった。ただし自身の力不足と選手層の厚さで、その時代に世界選手権の代表入りすることはできなかった。2004年から5年間ナショナルチームを離れたのち、再び復帰して初代表になったのは2010年で、ハセツネのベストタイム・順位もこの年に記録している。競技者としてのモチベーションを保てたのは、一年に1回、このレースによるところも大きい。そうこうしているうちにいろいろな目標を叶えてきたものだなと思う。

第20回大会の今年は38歳。同い年の現役スポーツ選手も減りつつある。自分もオリエンテーリングで世界に挑むのは今年で一区切りと決めている。ハセツネでもあとどれぐらい記録を伸ばせるかわからない。今後の方向性をはっきり決めているわけでもなく、このレースが導いてくれるわけでもないと思うが、山と、山を走ることは、今までもこれからも大好きで、やめることはきっとないだろう。

今までもその時の全力で挑んできた。今年もとにかく今の全力を出し切りたい。そういう舞台があることを感謝しつつ、20回目の記念大会を楽しみたいと思う。

P7166269

写真は記事と直接関係ないけど、今年印象に残った日没の風景。日曜日はどうだろうか。

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コメント

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