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2006年10月19日 (木)

ロゲイン その2

山耐との両立について
山耐は10/8、ロゲインは10/13で中4日。ともに長時間のレース。時差こそほとんどないが、オーストラリアへの長時間の移動もある。重なっていればどちらかをあきらめざるおえなかったが、山耐は毎年参加している重要なレースであるし、ロゲインはチームを組んできた安斎さんと出る機会は最初で最後かもしれない。ならば両方出る。二つで一つのレースだと思えばいい。世の中1週間ぶっ続けで走るレースもあるし、それより楽じゃないか。

ただし先に行われる山耐は個人戦だからいいものの、ロゲインはチーム競技である。山耐出場に関しては安斎さんは了承してくれたが、その疲労で足を引っ張るようなことがあってはいけない。昨年5月のロゲインもTTR100で故障し、1ヶ月たっても回復せず途中棄権した経緯もある。それだけは注意しようと肝に命じていた。

ところがである、山耐のレース中に膝を故障してしまった。昨年同様の腸ケイ靭帯炎である。一番やってはいけないことをやってしまったのだ。

実のところ、レース中盤から膝に違和感を感じていた。だが、走っている最中はさまざまな疲労と痛みが重なっているため、腸ケイ靭帯を痛めたかどうかははっきりとはわからない。やめるべきか、進むべきか、ずっと葛藤をくりかえしながらも、自己記録を逃したくない気持ちと、2年前途中棄権したときの後味の悪さから、結局ゴールまで突っ走った。

ゴール後、自分の膝を見ると前面にあざがあった。きっとどこかで打ったのだろう。これが痛みの原因ならばきっと問題ないと自分を納得させ、体育館で一晩明かした。

ところが翌日階段を降りるときに気が付いた。間違いない、これは腸ケイ靭帯炎の痛みであると。過去2回、完治までは2ヶ月かかっている。茫然とするしかなかった。帰宅後とにかく膝を冷やした。今できることといったらそれしかない。

翌日、駅の階段がまっすぐ降りれない。当たり前だ。会社でもいろんな人に激励を受ける。休みをもらっていくのに、こんな状態で申し訳ない気持ちでいっぱいだった。ひと足先に出発する安斎さんとも最後のメールのやり取りをする。でも膝を故障したなんて言えるわけもない。

大きな不安を抱えたまま出発の日を迎えた。朝起きてみると、昨日までと様子が変わっているのを感じた。何か回復の兆しのようなものを感じた。午後成田に向けて出発。重い荷物を背負っていたが、やや不安を感じながらも階段を普通に降りることができた。今まで何度も治ったと思って治っていなかったこともある。まだ安心はできない。でも奇跡は起こるかもしれない。あとはレース当日まで痛みを再発させないこと。飛行機の中、車の中、とにかくそれを心掛けた。

レース当日、正直、事前のルートプランにも装備チェックにもあまり集中できなかった。果たしてどこまで持つか、でもたとえ痛みがきてもほんとに動けなくなるまでは、歩みを止めない、口には出さない。そう覚悟を決めていた。レースが始まって最初の1時間、これで全てがわかる。そのことで緊張していた。

そして12時ちょうど、レーススタート。ゆったりした出だしだった。歩きはもちろん小走りまでは大丈夫。片斜面もいけるようだ。徐々に緊張感がほぐれてくる。1時間は無事経過し、300mほど下りに入る。登りよりも下りの方が問題。さすがに走って下るのは恐怖感がある。歩き、小走りを交えながら負担をかけないステップで下る。
1時間半経過。300m下りきった。大丈夫、このペースならきっといける!ようやく自分のレースがスタートした気がした。

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